第3章 克也(かつや)



「とりあえず送るから帰らね?…寒くなってきたし…さ」
「…あぁ、頼む。…希ちゃんたちもいいよね?」
「…お願いするわ」
 希に代わって千景が答える。俺は車のキーを指先でもてあそびながら、先頭を歩いた。沈黙が、たまらなく重い。知り合いが死んだということと、おまけにどうみても他殺だということが皆の気持ちを暗くしている原因に違いなかった。…俺だって、そうだ。確かに、尚美を突きとばして、殺したはずだったんだ。発見した時だって、そう、思った。

                                       ───(貴方が悪いのよ。私を、蔑ろにするから)
───(──! 俺はただ)
───(食事しただけって言うんでしょう?)
                                         ───(…それだけだ。俺は尚美を蔑ろになんか…)
───(もういい! そんな言葉、聞き飽きたわ)
 …そのあと。尚美のその言葉に少しかちんときて、二言三言、言い返したら、尚美が逆上して。些細な事じゃないか、くらいの台詞を返したんだ、確か。口論になったら、もう止まらなくて。何が何やら解らぬままに、彼女を突きとばし、倒れた彼女の頭から、血が流れたのを見て、やっちまった!と、お決まりのシチュエーションだったはずなんだ。けど。それが消えているなんて。死体が、動いたとでも? そんな馬鹿な。口の端に自嘲的な笑みを浮かべて、俺は深緑のジャガーのドアを開け、乗れよ、と言った。
「私、先に降りるから千景ちゃん奥に乗って? 怜君は助手席でいいよね」
 希の言葉に怜が軽く頷き、俺にいいよな、と苦しげな笑みを向けた。
「いいよ、それで。…乗って乗って」
 皆、無理しているのが解る。顔が妙に強ばり、微笑みは硬い。当然、空気も沈んでいる。
「希ちゃんの下宿、この信号右に曲がるんだっけ」
 出来るだけ雰囲気を明るくしようと努力する。
「あ、うん、そう。ありがとう、送ってくれて」
「いいよ、気にすんなよ」
 希を降ろし、次に近い怜のマンションに向かう。依然、空気は重い。怜が口を開く。
「死体が、動くのはありえないよな、…多分」
「…さぁ…俺にはわかんねぇよ、ホラー映画でもねぇのに」
 …知りたいのはこっちだ。確かに動かなくなったはずなのに、どうして動くんだ。
まさか、あの時、尚美は生きていたのか? 後から気がついて、自力で帰ったんだとすれば。当然、彼女は俺に突きとばされ、頭をぶつけたと警察に言うだろう。
(そうすれば俺は瞬く間に殺人未遂容疑で逮捕だ。)
 …とん。肩に手が置かれる。
「…!」
 びくっと身体が震え、ハンドルを握る手が冷や汗をかいて滑る。
「…何、千景ちゃん…おどかさないでくれる?俺、小心者だし、事故っちゃうよ」
 軽口で驚きを隠そうとした俺に彼女は、にこ、と微笑いかけ、言う。
「…克也君、どうしたの?…さっきから変よ?妙に怯えてるように見えるわ?」
 …背筋が寒くなる。こんな女の子だっただろうか。バックミラーに映った彼女の顔は優しく笑っているのに。(何もかも見透かされているような黒い瞳。)
 恐れが胸の内を這いずり回る。再び、彼女が言葉を紡いだ。
「…大丈夫よ。何を固まってるの?貴方の仕業だって言っているわけじゃないんだから。ねぇ、怜君」
 あぁ、当たり前だろ、と言う怜の声を聞きながら、俺の心臓はすくみ上がっていた。赤信号が青信号になり、ここでいいよ、と怜が降りる。
「…気ィ付けてな。…また明日」
「…ん」
 再び発進させた車の中で、千景と二人きり。さっきにまして重い空気。耐えきれずに話しかけたのは俺だった。
「…何を根拠に俺が怯えているように見えるんだ?」
 あら、と彼女は可笑しそうに笑い、言った。
「根拠がなければ言ってはいけないの? さっきのは、勘よ? いつもの貴方と少しだけ、違ったから…」
 それだけか。俺の心の奥底が、言い知れぬ不安に襲われる。あのひと気のない資料室で、俺がしていたことを見られていたのだろうか?否、違う。あの時確かに他に人はいなかったのだ。じゃあ一体…?死体が動くはずがない。────そう。
 誰かが動かしたんだ。とてつもなく嫌な予感がして、俺はバックミラーをちらりと見た。千景が気付いて、微笑みを返してくる。まさか、そんな。
「…克也君?私、そこの交差点のところで良いわ。」
 彼女の何気無い言葉にどきりとしながらも俺はぎこちない笑みを向け、あぁ、と返した。
「ここね、と…あぁ、そういえば克也君、明日の斎河教授の講義、出る?私は出るわ。それだけ。じゃあまた明日。…会えたら、ね」
 静かにドアが閉まり、千景の姿が雑踏の中に消えて行くまで、俺は車を発進させることが出来なかった。なぜ、彼女はあんなことを言ったのか。もしかして、もう全てばれていて、俺は帰りつくとすぐに警察に連行されるのだろうか。
「…はぁ」
 つかぬことを考えていても仕方がない。ため息をついた俺は愛車を発進させる。絶対に、自分の行為を誰かに話すものか。絶対に。隠し通してやる。そう。たとえ千景に気付かれていたとしても。なぜなら俺にも死体が消えたことの謎が残っているからだ。極めつけは。
 俺は、あの時、血を見て狼狽えていた。よって、確かな確認は、していない。尚美が死んだということの、確認を。


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