第1章 (さとし)



 僕たち5人は大学での遊び仲間だった。時々何となく集まって、行き先も決めずに遊びに行く、そんな感じの。ただそれだけの関係だった。集まるとき以外では話もしないこともあるほどあっさりしたものだった。

 大学の試験が終わった日、僕たち5人は集まることになっていた。
 みんなの橋渡し的存在であるメンバーの1人、 克也(かつや)に伝えられた通りの場所に、僕はいつも通り(待ち合わせにおいて当然のことだが)5分前についた。
 ……まだ誰も来ていなかった。でもこれもいつも通りだった。5人のうち2人はいつも時間きっちりぐらいに来て、2人はいつも遅れてくるのが普通といった感じだった。
 今日もそうなんだろうなと思いながら、僕は暇だったので(といっても5分なんてあっという間なのだが)周りの景色を見ながらぼーっとしていた。
 僕たちの大学は、環境は良い。特にこの付近は校舎の裏手にある林や池から小さな山に繋がっていて、空気に少し違う匂いがある。視点を上に移動させて空を見た。
 空は雲が少しあったが晴れていた。そしてまるで血に染まったように(何でこんな縁起悪い風に思ったのか分からないがその時はそう思った)、赤かった。とはいっても東の空は青かったが。

 なぜかその後、実家のこととか昨日作った拙かった夕食の原因とか思考をアンドロメダにまでとばしていた所、いきなり肩をどんっと押された。
 振り向くとそこにはいつもは5分程遅れてくる克也が立っていた。
「大丈夫か、お前。何かめちゃめちゃ眼が遠かったぜ。遠くから見るとかなり怖かったし」
 とか何とか言いながら、いきなり強く肩を押されバランスをくずし尻もちをついた僕に、手を差し出した。
 悪かったな、と言いながら僕はその手に助けてもらい立ち上がった。
「そっちこそ、いつもと違って待ち合わせの時間より早いじゃないか。何かあったのかよ」
 別に本当に何かあったと思ったわけではないが、そう訊くと、克也は少しビクついたように見えた。が、一瞬のことだった(単なる見間違いだったのだろう)。
「いやー、さっきかわいい女の子に今度の日曜空いてるかって、訊かれちゃってさー。まいったよ」
   と、いつもの様におちゃらけて言った。
「へぇ、どこの学部の誰? そのもの好きさんは」
 克也の言い方で嘘だと分かったのでわざとらしく、ついでに意地悪くニヤニヤしながら言ってやった。
「何だよ。ちょっとぐらい信じろよ」
 克也はちょっとスネた言い方でそういって、クルリとむこうを向いた。
 とはいえ克也とは、実は中学の頃からの知り合いなのだ。ホントかどうか言い方ですぐわかる(さっきのは別に古い知り合いでなくても、嘘と分かる言い方だったが…)。
 克也は他の3人とは違い、集まるとき以外でも割と仲の良い友達だった。まあ誰とでも仲良くなれるやつだが。
「他の3人、遅いな」
 まだスネてる克也を放っておいて、僕は腕にしている安物の時計を見た。約束の時間は確か5時だったが、もう10分過ぎていた。
 おかしい。いつもなら1人はともかく、後2人はもう来ていてもおかしくなかった。
 来ていないメンバーは、(のぞみ)ちゃん、千景(ちかげ)さん、尚美(なおみ)さんの3人だった。
 尚美さんは時間にルーズだが、他の2人は人を待たせる様な性格じゃあない。希ちゃんはしっかりしていて何でもきっちりと物事をはたそうとする性格だし、千景さんは人に迷惑をかけたがらない性格なのだった(まあ、僕から見てだが)。
「ごめんなさい。ちょっとレポート出すの忘れてたの」
 と、希ちゃんがやっとやって来た。千景さんも一緒だった。2人は同じ学部、同じ学科なので、一緒に来たのだろう。
「レポート忘れたって、希ちゃんが。めずらしーな」
 克也が意外そうに言った。さっきも書いたが、希ちゃんはかなりしっかりした子なので、こういうレポートとかは遅れたことはなかった(すべてを知っているわけではないが)。
「希ちゃんにはめずらしく、すっかり忘れていたのよね」
 どうやら千景さんは、希ちゃんを待っていて遅れたらしい。

 僕は時計を見た。いつのまにか、針は5時半を指していた。尚美さんはまだ来ていなかった。
「尚美さん、遅いね」
 僕がそう言うと、みんなが自分の時計を見始めた。
「寒いから校舎の中に入ろうか」
 誰かがそう言った。誰だったかは覚えていない。
 まだ冬ではなかったが、かなり寒かった。
 みんなが合意して校舎の中に入ることにした。

 それが、眠れない夜の始まりだった。


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